ABCDEF

2005年07月13日

いつでも、どこでも、だれにでも

 10数年前、「24時間働けますか?」というキャッチフレーズの栄養ドリンク(リゲイン)がありました。
たしか、バブル全盛の頃でしょうか?更にその10年前ぐらいから、朝、昼、夕、晩の
区別が、徐々になくなってきました。その先鞭は、コンビニのセブンイレブンだという気
がします。

ひと昔前は、夜になると、どこのお店、学校、遊び場、交通機関も店じまいし、何かの
行動を起こそうとしても、又昼の行動を引き続き続行しようとしても、実質的に不可能
な状況でした。

家に帰って、テレビをみるか、読書をするか、家族と過ごすか、はたまた寝るしか
選択の余地がない時代でした。そこには家族の団欒があり、お父さん中心の食事、
家族の会話が十分あった時代でもありました。

それが、今はそんなことは考えられない時代になってきています。今の方が家族の
在り方が悪いとは一概に言えませんが、そんな良き時代も過去にあったのです。

夜になって唯一活動しているのは、田んぼの蛙で、我が物顔のように、「ゲロゲロ」と
泣いていたのが、田舎の風景でした。そんな、何もない、何も出来ない田舎に、希望
を見出せず、不夜城の東京にあこがれて上京したのは、もう40年も前になります。
ふっと吉幾三の「おらあ東京さいくべ」の歌詞が、頭をよぎる。

世の中は、「24時間いつでもの流れ」に乗ってかどうか、世の中がそのような形に
進化してきました。朝起きてから、夜寝るまでを考えても、身近に電子レンジ
(いつでも温かいものが食べれる)、フレックス勤務(出勤時間を自分で決める)、
インターネット(いつでも、どこからでも情報、物を得る事ができる)、
TV録画(見たい時間に見る)、コンビニ(買いたい時にいつでも買える)等々、
それら全て、「いつでも」、「どこでも」、「だれにでも」を推進してきたものが、
そこかしこにあるのに気づきます。

更に、いつの間にか、お店は夜中まで営業し、煌々と電気がついて、しかも何でも
売っている。大型スーパーは、夜23時まで営業し、背広も電化製品もその日
の食事も何でも買える。コンビに至っては、24時間営業になって、
まさに、「いつでも」、「どこでも」、「だれにでも」を地でいく状況です。

最近は田舎に帰っても、東京にあるコンビニ、大型店、チェーンの飲食店と何もかも
東京と全く一緒、場合によってはそれ以上になっている。

                                (つづく)
posted by Dr.Mura at 05:47| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔はこんな風だった | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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